一OO年にさまざまなクルマとそれにかかわる人間が、数えきれないほどの物語を生み出してきた。
いまや毎年、世界中で五000万台のクルマが作られ、消費されている。 現在、クルマを生産する国は、ヨーロッパではドイツ、フランス、イタリア、イギリス、スウェーデン、スペイン、ポーランド、チェコなど。
北米ではアメリカ、カナダ、メキシコなど。 南米でもブラジルで作っている。
アジアでは日本、韓国、タイ、マレーシア、インド、中国。 もちろんロシアもクルマを作る。
その他、自国では設計できないが、部品を輸入して組み立てだけをおこなうノックダウン生産をしている固などを入れると、世界中でじつに多くの国がクルマを作っている。 自動車産業は鉄、プラスティック、アルミニウム、繊維、ガラスなどを使うため、総合産業といわれる。
クルマはその国の経済の力を表すものとして重要な地位を占めており、各国は産業としてのクルマを重視している。 つまり、クルマは私たちにとっては使うだけの存在だが、それだけにとどまらず、技術・産業文明の絶大なる集積と考えられるのだ。
一九O八年、Fは有名なT型Fを発表する。 T型Fは以後二O年近く生産されつづけ、一五OO万台という莫大な数に達した。
このT型Fの出現は、アメリカの社会を根本的に変えることになる。 T型Fはアメリカにほかのどの国よりも早く自動車社会を実現させた。
その流れは一九四五年、第二次世界大戦の終わりとともに、アメリカに旅行ブームや建築ブームを起こし、アメリカの経済やアメリカ人の生活が世界中に影響をあたえることとなる。 T型Fにはじまった大量生産によるコスト低減、そして大量消費、これが二十世紀の経済を支配したのである。

経済学では、Fの思想をフォーディズム。 と呼び、ひとつの学問用語になっているほどだ。
Fの作った大量生産システムは二十世紀の枠組みを作ったとさえいわれる。 文学にもクルマはたびたび登場する。
Sの『怒りの葡萄』は、クルマに乗ったアメリカ人の新しい西部への開拓物語であったし、ヨーロッパでも多くの作家がクルマをテーマにした書物を著している。 クルマは二十世紀の重要な文化となって、あらゆる分野に影響をあたえたのだった。
クルマはその発明から一OO年後の現在、石油資源の枯渇、そしてC02による大気温暖化問題によって、その原動力の形態を大きく変えようとしている。 その本命は水素と酸素の反応によって起きる電気でクルマを走らせるフューエルセル(燃料電池)方式といわれており、二OO四年あたりから走りはじめるらしい。
ライト兄弟による飛行機の初飛行は一九O三年。 その飛行機はジェット化でプロペラを捨て、さらにロケットエンジンを得て宇宙へ飛ぶことになったが、クルマにはそれに匹敵する大変化はなかった。
しかし、もし一OO年にわたって動力源としてきた内燃機関を捨てるとなれば、それは大きな変化である。 こいつはきっとクルマのスタイルに大変革をもたらすのではないか。
クルマ好きにとって、そのスタイルは最大の興味である。 クルマはそのスタイルと無関係に語れない。

クルマは初めは馬なし馬車として、馬車そのままのデザインだった。 いまだにヨーロッパではコーチワーク=車体(コーチとは四輪馬車のことである)という言葉が使われていることからもわかるように、クルマと馬車には少なからぬ因縁があるのだ。
それほど大きく馬車の影響を受けてきたクルマのスタイルも、九一O年ごろからエンジンを持つ道具としてのデザインが確立されていく。 同時に速度の速いクルマは空気抵抗の問題も研究され、そのスタイルに影響をあたえていく。
メカニズムの発展もまたクルマのデザインに大きな影響をあたえてきた。 エンジンの搭載位置、駆動方式、そしてサスペンションの進化は、クルマのデザインを大きく変えた。
泥よけ、すなわちフェンダーはボディのなかに溶け込み、かつてラジエーターの空気取り入れ口としての機能を持っていたラジエーターグリルなど、いまではその存在意味を失ってしまったものもある。 近々発表されるであろう燃料電池自動車のデザインは、初めこそ現在のクルマの形をしていると思うが、やがてメカニズムの発展により、大きく変わっていくことになるだろう。
クルマが持つ趣味性はじつに多様である。 それは歴史をはじめ、美術や文学をも含めたじつに広範なものなのだ。
ひとつ読者の皆さんも自分なりのテーマを決めてクルマを見つめ直してみたら面白いのではないか。 残念なことに日本にはまだ自動車学なる学問の分野はない。
私はどこかの大学で、この自動車学なるものを作り上げて研究しないものだろうかと考えている。 一九七0年代以降、日本は世界有数の自動車生産国となり、クルマによって国民が豊かに生活できるようになったのだから。
地球上にクルマは六億台ほどあって、人間の豊かな生活のために動きまわっている。 しかし、利便性や安全、環境など、あらゆる方面から見て完全といえるクルマはいまだに出現していない。
私たちはクルマに快適さとスピードを望む一方、C02排出の軽減と安全を願う。 だが、クルマはこの一00年間で多少クリーンになり、多少安全になったにすぎない。

もし、フューエルセルによるクルマが完成したとしても、それが地球上に六億台走るようになるには、どのぐらい時間がかかるだろう。 もともと自動車は人間の欲望をテコにこれだけ発展してきた。
人間は文明を捨てようとはしないから、六億台が走りまわることになったのだ。 もちろん、クルマが持つのは否定的な要素だけではない。
多くの人々の幸福にも役立っていることは間違いない。 クルマをもっと人々の暮らしに役立てたいと思う。
それにはさらにクルマを知り、上手に動かさなければならない。 クルマをもっと役立てるために、私は多くの人の理解を手助けしたいと思っている。
すこしの運動とすこしの緊張、こいつがいいのだクルマの運転は愉しいものだ。 しかし、歳とともに目が衰えてくると、愉しいと思う反面、少々怖くなってもきた。

クルマは10OM/=で走行中、秒速二七メートル以上のスピードで移動している。 当然このスピードでは目の衰えを自覚せざるを得ない。
日本の高速道路は最高速度100M/=、最低速度印刷/=の規定である。 流れに乗って走らなければ危険だということは誰もがわかっている。
しかし、歳をとるとそいつがむずかしい。 若いころからクルマに乗っている老人ドライバーは、若いころの自分の能力をよく覚えているだろう。
そのころといまとを比較すれば、当然、さまざまな面で能力の衰えを自覚するはずだ。 「こんなに鈍くはなかったー「昔はもっとよく見えたのに」と、自信を失い、それゆえアクセルを踏みこむ意志が衰え、右足に込める力も自然に緩んでくる。
それはいたしかたないとも思う。 けれど、一方では、運転という行為は、人間の総合的な思考力をべースに成り立っているものである。
この思考力は、当年とって六十歳の私がいますぐクルマから降りようかと思うほど、決定的に衰えているとは思えない。 クルマをコントロールする総合的思考力とはどんなものか。

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